お知らせ
神社とお寺が伝えたい日本のこころ 約500年前に造像された大黒天像(愛知県 普門寺(ふもんじ) 所蔵)の出開帳を小國神社で行います
Vol. 344:2022.10.20(木)
神社とお寺が伝えたい日本のこころ
船形山 普門寺×遠江国一宮 小國神社
令和4年10月30日㈰・31日㈪
『大黒天 出開帳~遠江と三河で繋がる祈りの心~』
(高野山真言宗 船形山 普門寺)
(遠江国一宮 小國神社)
この度、令和4年10月30日㈰・31日㈪の二日間、愛知県豊橋市のもみじ寺として有名な船形山普門寺(ふもんじ)に奉安さ
れている約500年前造像された貴重な『大黒天像(だいこくてんぞう)』が小國神社にお越しになり、出開帳(お寺以外の場
所で仏像などを開帳すること)を行います。
(この度御開帳となる室町時代に作られた貴重な大黒天像/普門寺所蔵)
古代より、遠江(現静岡県西部地方)と三河(愛知県東部地方)は霊峰とされる山の峰々からなる「祈りの道」により人・
物・文化の交流が盛んにおこなわれていました。
この度の出開帳は古の「祈りの道」に思いを致し、未来に伝えるための両社寺の歴史上初となるプロジェクトとなります。
(小國神社参道脇にある大国様のお姿)明治38年:文部省唱歌「だいこくさまのうた」)
■神社にもお寺にもお祀りされる『だいこくさま』■
その根底には、私たち日本人の「おおらかなで豊かな心」がうかがえます。
それでは、まずは、大国さま、大黒さまはどのような神さまなのでしょうか。
■大己貴命(だいこくさま)とは■
小國神社のご祭神は「大己貴命」(おおなむちのみこと/大国様)別名は大国主命(おくにぬしのみこと)と言います。この
神さまは、日本の神話「古事記」(712年)や日本初の歴史書「日本書紀」(養老2年/720年)にも登場し、日本の礎をつ
くられた尊い神さまとして信仰されています。
また、古事記の逸文「因幡の白うさぎ」が記されたように、傷ついたうさぎを助ける心優しい神さまです。
一方で、多くのご神名を持つことから(その数は40以上といわれます)、広大なご加護を頂ける神さまでもあります。
小國神社では、特に人々の縁(えにし)を結ぶ神さま、厄除けの神さまとして、親しみ敬われています。
■日本における大黒天(だいこくさま)の広がり■
日本における大黒天の始まりは、インドのヒンディー教の主祭神として「強さ・財・死後の世界」を司る神さまです。インド
で仏教と習合しシルクロードを経て、中国では寺院の厨房に「財神」としてお祀りされてきました。
後に、「福の神」としても性格を強め、七福神の一人となります。
日本においては、音韻が似ているとされる大国主命(おおくにぬしのみこと)/だいこく様と習合してゆき、米俵の上にのり
大きな袋背負い、打ち出の小槌を握っている姿となります。
普門寺の大黒天像は室町時代天文11年(1542)に造像され、招福・五穀豊穣・商売繁盛・財福授与・子孫繁栄のご利益があ
ると伝わり敬われています。
(全国より多くの信仰を集める小國神社の縁起物『木小槌』)
■時代は変われども、神さまと仏さまを大切にする心は変わらない。■
(お家の神だなの神さまにお参りをする女の子)
(仏さまに手を合わせてお参りをする男の子)
このように、我が国では海の向こうから来た異国の神さまを排除することなく長い時間をかけて日本古来の神さまと一緒にな
ることが多々あります。
渡来の神さまや異界の地から来た神さまを客神(きゃくじん)としてお祀りする慣習や、外部からの来訪者である客人(まれ
びと)を手厚くもてなす慣習が古くからありました。
このような精神的な土壌があるために、分け隔てなく神仏を敬う心が醸成されてきました。
混沌とした時代に、このような「心」の在り方がこれからの未来を明るく照らしだすように思います。
この度の出開帳を通じて、神仏を大切にするこころ、我が国が育んできた多様性に富んだ文化、遠江と三河で育まれてきた深
い繋がりを再確認する機会となれば幸いです。
■企画名
船形山 普門寺×遠江国一宮 小國神社
大黒天 出開帳~遠江と三河で繋がる祈りの心~
■後援:天竜浜名湖鉄道㈱
■開催日時:令和4年10月30日㈰・31日㈪
午前10時~午後3時
■会場:小國神社 神徳殿
■スケジュール
・10月30日 天竜浜名湖鉄道 新所原駅(午前7時37分発)→ 遠江一宮駅(午前9時12分着)
→小國神社(午前9時30分着)→ 正式参拝後、出開帳 皆さまに大黒天像をお参り頂けます。
・10月31日 天竜浜名湖鉄道 新所原駅(午前7時37分発)→ 遠江一宮駅(午前9時12分着)
→小國神社(午前9時30分着)→ 出開帳 皆さまに大黒天像をお参り頂けます。
※天竜浜名湖鉄道にて移動中の車内も撮影可能です。一般乗客の皆様に配慮して撮影お願いします。
船形山 普門寺×遠江国一宮 小國神社
令和4年10月30日㈰・31日㈪
『大黒天 出開帳~遠江と三河で繋がる祈りの心~』
(高野山真言宗 船形山 普門寺)
(遠江国一宮 小國神社)
この度、令和4年10月30日㈰・31日㈪の二日間、愛知県豊橋市のもみじ寺として有名な船形山普門寺(ふもんじ)に奉安さ
れている約500年前造像された貴重な『大黒天像(だいこくてんぞう)』が小國神社にお越しになり、出開帳(お寺以外の場
所で仏像などを開帳すること)を行います。
(この度御開帳となる室町時代に作られた貴重な大黒天像/普門寺所蔵)
古代より、遠江(現静岡県西部地方)と三河(愛知県東部地方)は霊峰とされる山の峰々からなる「祈りの道」により人・
物・文化の交流が盛んにおこなわれていました。
この度の出開帳は古の「祈りの道」に思いを致し、未来に伝えるための両社寺の歴史上初となるプロジェクトとなります。
(小國神社参道脇にある大国様のお姿)明治38年:文部省唱歌「だいこくさまのうた」)
■神社にもお寺にもお祀りされる『だいこくさま』■
その根底には、私たち日本人の「おおらかなで豊かな心」がうかがえます。
それでは、まずは、大国さま、大黒さまはどのような神さまなのでしょうか。
■大己貴命(だいこくさま)とは■
小國神社のご祭神は「大己貴命」(おおなむちのみこと/大国様)別名は大国主命(おくにぬしのみこと)と言います。この
神さまは、日本の神話「古事記」(712年)や日本初の歴史書「日本書紀」(養老2年/720年)にも登場し、日本の礎をつ
くられた尊い神さまとして信仰されています。
また、古事記の逸文「因幡の白うさぎ」が記されたように、傷ついたうさぎを助ける心優しい神さまです。
一方で、多くのご神名を持つことから(その数は40以上といわれます)、広大なご加護を頂ける神さまでもあります。
小國神社では、特に人々の縁(えにし)を結ぶ神さま、厄除けの神さまとして、親しみ敬われています。
■日本における大黒天(だいこくさま)の広がり■
日本における大黒天の始まりは、インドのヒンディー教の主祭神として「強さ・財・死後の世界」を司る神さまです。インド
で仏教と習合しシルクロードを経て、中国では寺院の厨房に「財神」としてお祀りされてきました。
後に、「福の神」としても性格を強め、七福神の一人となります。
日本においては、音韻が似ているとされる大国主命(おおくにぬしのみこと)/だいこく様と習合してゆき、米俵の上にのり
大きな袋背負い、打ち出の小槌を握っている姿となります。
普門寺の大黒天像は室町時代天文11年(1542)に造像され、招福・五穀豊穣・商売繁盛・財福授与・子孫繁栄のご利益があ
ると伝わり敬われています。
(全国より多くの信仰を集める小國神社の縁起物『木小槌』)
■時代は変われども、神さまと仏さまを大切にする心は変わらない。■
(お家の神だなの神さまにお参りをする女の子)
(仏さまに手を合わせてお参りをする男の子)
このように、我が国では海の向こうから来た異国の神さまを排除することなく長い時間をかけて日本古来の神さまと一緒にな
ることが多々あります。
渡来の神さまや異界の地から来た神さまを客神(きゃくじん)としてお祀りする慣習や、外部からの来訪者である客人(まれ
びと)を手厚くもてなす慣習が古くからありました。
このような精神的な土壌があるために、分け隔てなく神仏を敬う心が醸成されてきました。
混沌とした時代に、このような「心」の在り方がこれからの未来を明るく照らしだすように思います。
この度の出開帳を通じて、神仏を大切にするこころ、我が国が育んできた多様性に富んだ文化、遠江と三河で育まれてきた深
い繋がりを再確認する機会となれば幸いです。
■企画名
船形山 普門寺×遠江国一宮 小國神社
大黒天 出開帳~遠江と三河で繋がる祈りの心~
■後援:天竜浜名湖鉄道㈱
■開催日時:令和4年10月30日㈰・31日㈪
午前10時~午後3時
■会場:小國神社 神徳殿
■スケジュール
・10月30日 天竜浜名湖鉄道 新所原駅(午前7時37分発)→ 遠江一宮駅(午前9時12分着)
→小國神社(午前9時30分着)→ 正式参拝後、出開帳 皆さまに大黒天像をお参り頂けます。
・10月31日 天竜浜名湖鉄道 新所原駅(午前7時37分発)→ 遠江一宮駅(午前9時12分着)
→小國神社(午前9時30分着)→ 出開帳 皆さまに大黒天像をお参り頂けます。
※天竜浜名湖鉄道にて移動中の車内も撮影可能です。一般乗客の皆様に配慮して撮影お願いします。